死ぬ前に不労所得のネットビジネスが当たり前の社会で活きたい

   

 

どもども、文化人が活きる社会を作るhayashiです。

昨日は家族総出で兄の引越しを手伝っていました。

朝10時に家を出て帰ってきたのが夜の8時、延べ10時間を休日に消費されまして、今日はその事について、運転中に考察した事も踏まえて書いていきます。

その苦労と努力で誰が幸せになるのか?

車二台分の400km
の燃料費、長時間運転労力、ETC含まない高速料金、
途中のSAの飲食代
現地での肉体労働
お互いの連絡交換の手間、気遣いなどなど…

香川県→愛媛県→高知県→香川県と移動で計10時間後、引越しは無事終わりました。

満身創痍で帰って来た実家で私は母に尋ねたのです、
「毎年こんなんだけどさ、
今回ばかりは車二台分もの燃料代や高速料金考えたら、
引越しサービス使っても良かったよね?」

 

我が家では引越しの時は家族総出で手伝うと言うルールがある、そして兄は四国地方の転勤族なので今回は3度目だったわけだ。

母「日頃からそんなに県外出ないからレジャー気分で良かったじゃない」

母は陽気にそう答えた。

母「それにあんたの使ったお金は後でちゃんも払ってくれでしょう、良いじゃないの」

違う、違うのだ、母よ。

何も家族総出で手伝うのが悪いのではない、お金をキャッシュバックしても割に合わないだとか文句を言いたいわけでもない。

引越し代行サービスを利用すると言う発想も生まなければ
金額を比較して次回は一つの選択肢として考えるべきかと言う疑問すらもしない。

その意味があるとか無いとかじゃなくて、選択肢自体が存在していないと言う大問題について私は言いたいのだ。

お金をケチって得られる物は無い、ただの機会損失である

労働すること自体に疑問を持たない、労働に価値を見出すのが当たり前として考えが凝り固まってしまっているのだ。

これは私の家族に限る話ではない、日本全土の就職サラリーマン全員に言えることだと思う、

我慢して生きて、生きて、それで給料をもらうのが人生の必然であると。

 

日本人の良い所ばかりが全て裏目に出てしまう資本主義社会

 

サラリーマンにせよ、私のような菓子職人にせよ、上司と平社員との給料はさほど変わらない。

努力しようがしまいが、給料は上がりも下がりもしない、

仮に出世しても仕事は倍増するが給料はさほど変わらない。

だから上層の人間もさっさと退職金を貰ってやめたい訳だ。

働き続けるメリットはなく、我慢の連続だと言う訳だ。

この労働システムは重大な欠陥でなかろうか?

良いものをつくる、良い仕事をする人間が損をしてしまう社会でモチベーションも上がるわけがない。

なにもこの現象は中小企業だけの問題ではない。

知能指数は高いはずなのに、その頭を活かせる環境にない政治家達

頼まれた書類を右から左へ流す作業なら
正直人間でなくて事足りるという訳だ、

人間で必要ないからと、何も全てを人口知能に置き換えろというわけではない、
人間でなければならない職場に適切な人材を置くべきだ。

単なる適材適所である。

政治家たちの頭が悪いはずは無い、仕事が出来ないわけもない、でも本来優秀なその頭脳は自分たちの出世や敵対勢力の揚げ足取りとか、自己の保身の為ばかりに使うさまである。

そのような泥仕合の政治に、若者が未来も関心もなくなるのは当たり前ではなかろうか。
国民投票の年齢制限を変えたところで関心と投票率が上がるか?

いいや違う、国会中継を見ればだれもが正直うんざりする。

 

だれがどうなったとかどうでもいいから、さっさと結果の出る仕事しろ。

我々日本人は労働によって金銭を得る時代を卒業しなければならない。

 

完璧主義は何も生まない

完璧な仕事をするなんて言葉は、

Googleやamazonみたいな世界企業のトップになってから言えと私は言いたい。

プライド云々では食えない世の中なら、相手の必要なニーズを見極めて、相手の事を真剣に考えて、無駄を省いて洗練化させて、そして一人でも多くのお客さんに喜んでもらう。

それが今の資本主義において必要な生き残り方だと思う。

だが今の日本人の完璧主義のやり方は間違っているわけではない、時代に合わないだけなのだ。

お金が蛇口から捻ったら出るのが当たり前の世界になれば、次に大事なのは本当の意味でのお金で買えない価値の時代になる。

 

蛇口からお金というのは比喩表現だが、

具体的にいえば、国民一人一人が不労所得を当然のように持っている社会と言うわけだ。

その先に必要となるのはお金では買えない文化の繁栄でないかと思う。

音楽でも芸術でも、スポーツでもそこにはなんでも当てはまる。

例えば今の世の中、資金さえあればプロのドラマーを雇うことは出来るだろう、

しかし自分がプロ並みのドラマーになりたいとなれば話は別、それはお金をいくら積んでも直ぐには手に入らないわけだ。

さらに音楽を通じて仲間を作ったり楽しい時間の共有をすることや、それによる数多の人生観のインプットでさらなるアウトプットが生まれると言った、その人生で学べる経験や価値と言うのはまさしくプライスレスだ。

映画マトリックスの世界では外部インプットで得られような能力があったが、恐らくあの世界は100年ぐらいで達成できるものではない気がする。

それに芸術文化では外部から挿入出来るような小手先のテクニックでなくて、もっとも大事なのはスケール感、生きてきた人生の幅そのものだ。

音楽にしろ芸術にしろ、そのコンテンツ一つで自分の生きてきた喜怒哀楽の感情を、メッセージをどのように伝えるか、

どんな人に影響を与え社会に人類に価値を生み出せるか、

そんな文化を通じて言葉なしに人同士が繋がっていくのが当たり前の世界こそ、人工知能には絶対理解できない領域であり、人間はさっさとそのレベルへ移行すべきなのだ。

日本人の今でも根付く完璧主義は、お金に依存しない生活の前提でこそ最大の価値を見出せる。

 

もはや給料で人の価値を評価できるのは限界だ、勤勉に働く日本の社畜精神はお金の為に費やすべきではない。

 

丈夫な日本製品は長持ちで誰でも使いやすく設計されている、だから買い換え費用がほぼ必要ないんだ。

その上日本人はまだまだ完璧でないと言う理由で評価を謙遜して価値を安売りしてしまっている。

世界中で「日本人が変わっている」と言うのはそこだ、
その完璧主義の先を見越しすぎて得られるはずのものも得ず、
国力すらも自身達すらも疲弊していくのだ。

 

それは外から見てあまりにも滑稽ではないか、あんまりではないか。

 

2000年ものの歴史を繋いできた日本人の賞賛されるべき能力は、

 

主張したもの勝ちの資本主義社会において適合しなさすぎなのだ。

 

最後に

 

私がブログでずーーーーっと、ずーーーーっと言い続けている、

 

文化人が活きる社会と言うのは、

 

お金よりも時間に重きを置いて、人々と文化的に繋がり合うプライスレスの世界そのものなのだ。

 

だから蛇口捻ればお金が出る如く、不労所得の仕組み作りを得て、

 

世界中の人間が好きなように生きて好きなように死ぬ社会を作りたいと思います。

 

ほなまた\(^o^)/

 

 

追伸

 

今日もいつも通りに四時起きしまして、今回のブログを書こうと思っていたんだけど…

 

ポルナレフしてた

 

 

2時間ほど、気を失ってたっぽい。

 

これで合計、12時間の消費

。・゜・(ノД`)・゜・。

 

 

このブログで肝に命じますわ、

 

1秒でも早く稼いでやるうううあううう\(^o^)/

 

 

ほなまた!

 - 雑記, 頭使った結果www