自分は本当に出来ない人間なのかと考えていたら出来るようになった話\(^o^)/

      2017/03/14

どもども、文化人が活きる社会を作るhayashiです。

私の古い記憶に、こんな体験がありました。

「あなたはどうしてそんなにポジティブでいられるの?」

と、私は尋ねられました、その返答を聞いてすぐさま

「なんでだろうねぇw」

と答えつつ

あっ、こいつ駄目な人やんw付き合うのやめようwww

と、その瞬間に思ったので本当に付き合い辞めたのです、するとあら不思議、

憑き物が取れたように気分が楽になりました、とさ。

めでたしめでたし。

ネガティヴになる事で解決する問題やメリットを教えてくれ\(^o^)/

 

私の過去は誰かに怒られている記憶がほとんどです、いまでも怒られるぐらいです。

家族、学校の先生、職場の上司、先輩、ひいては愛犬にまで怒られることも。\(^o^)/

人間って不思議なもので、都合の良い事や嬉しい事はすぐ忘れるクセに、怒られたりして嫌な記憶ってすぐ思い出すんですよね。

ですが、幼少期から頻繁に怒られているうちに、私の思考はある方向へ変わってきました。

誰が何の目的で行動しているのかを探る。

人間は感情が誰かかしらにあります、

特に怒りの感情は人の中で強い部類の感情で、人の道すら外させる力があります。

怒りのエネルギーは圧倒的です、ぶつけられたものなら恐怖と動揺に思考は本来ならストップします。

しかし怒られている最中でさえ頭を回す習慣がついた私は、その状況を良く観察する癖がつきました。

勿論私自身が当事者でなくても、その時の人間同士の目に見えない感情を捕らえて、何が足りなくて自分がどう動けば解決出来るのか、そしてその必要はあるのか?を考える習慣が出来ました。

つまり何か問題が起きている最中でも、自分は次に何をすれば良いかを考え続けられる能力を備えたと言う事です。

純粋に分析出来れば何も恐れる事はないです、怒られたから憂鬱になったりする意味がないのです。

だからぶっちゃけ、ネガティヴになった所で何の意味も無いし、そんな人は何もせず永遠寝ていた方が幸せなのにな、と純粋に思うのです。


引用記載元
「自分は選ばれた存在なのだ」という中二病を突き詰めるとこうなる

僕を中二病にした親の教育
僕はとにかく、親に承認してもらって育ちました。「大物になる」「人の上に立つ人間になる」「センスがすごい」「お金持ちになる」と、父から毎日言われ続けました。

同時に、父は自身に対する権威付けも怠りませんでした。「お父さんは何やっても器用にこなす」「お父さんは他の人より仕事ができる」「お父さんは喧嘩で負けたことがない」など。おかげで、子供の頃の僕は父親のことを地上最強の生物だと思っていました。

すると、そんな父親に認められている自分は、きっと天才に違いないと思い込むわけです。ユダヤ人にとっての「神」は、僕にとっての「父」でした。超越的な存在に認められていると思い込むことで、自分の活力を生み出してきたのです。

僕の自己肯定度が高いのは、承認される環境に身を置いていたからに他なりません。今からでも遅くないです。「俺TUEEE」と勘違いできるほど、あなたを認めてくれる環境に身を置くことが結果を出すための近道です。

環境を変えるって本当に大事です。

人間誰しもが産まれる環境を変える事が出来ませんが、育つ環境は変える事が出来ます。

育つと言っても身体的な話に限りません、人は生き絶えるその日まで日々成長しています。

自分を変えたければ接する人間の環境を変えろ、
そうしなければいづれ誰かに後ろ髪を引っ張られるのです。

しかし、あなたを認めてくれる環境もあなたが自己責任で選択していかなければなりません。あなたのパフォーマンスが最大化しても、それを自分自身のために使うことを許されない環境もあります。

新卒で入社した会社でいきなり、「君達は20000人の応募の中から選ばれた精鋭達だ」なんて言われたら、社会経験のない23歳とかだとイチコロでしょ。
「よし!俺を選んでくれたこの会社に一生尽くそう!」とか思うんじゃないですか。

だから、権威のある大企業とか、新進気鋭のベンチャーなんかには、ものすごい安月給なのにものすごい時間効率で働く忠誠心の強い社員がいるんですよ。

彼らは自分自身のことを、社会に認められている企業に「選ばれた存在」だと思い込んでるので、組織のために強烈なパフォーマンスを発揮します。
本当は企業からすると彼らの代わりなんていくらでもいるんですけどね。

すみませんその人、まさに昔の私です。

先輩や後輩が職場を去るのを見ては

「俺は違う、特別だ、だからここに居るんだ。」と、余裕かまして居座っていたら二ヶ月後に販売部へ左遷されました\(^o^)/

代用可能な仕事では本来のパフォーマンスを発揮する事はどんな業界であろうと難しいのです。

あなたじゃないと成立しない環境でないと意味がないのです。

結論、中二病くらいの勢いで自分に絶大な自信を持っていれば、何をやってもうまくいくんですよ。

ところが、みんな大人になると周囲から「イタい奴」と思われるのが怖くなってきて、気づけば、「自分なんて大したことない」と、すぐに自分を過小評価する癖がついてしまっています。

そんなセルフイメージでは何も実現できません。

謙虚ではいても、謙遜はしないでください。

現状に満足せず、他者から学ぶ姿勢を崩さないことが、「謙虚」。

一方、空気を読んで自己を過少評価することが、「謙遜」です。

日本人は謙遜の文化が染み付いています、しかも厄介なことに謙虚とごっちゃ混ぜにしてくれています。

謙虚な人ってハングリー精神ある人のことなんですよ、学ぶ為にプライドなんかかなぐり捨てて自分の自己実現に向けて真っ直ぐな人です。

謙遜はその真逆、つまり我慢することに他なりません。

人がお金儲けに恐怖するたった一つの理由

でも書きましたが、和を乱すこと事態を特に恐れる日本人はなかなか難しいことなのかもしれません。

しかし、誰の為の人生か?を考えた時、

謙遜主義社会と自分らしい活き方に矛盾が生じます、

だから我々は幸せになれないのです。

まとめ

 

嫌でもポジティブに、前を向いて進むしかありません。

この矛盾の板挟みから抜け出す為には行動しか無いのです。

他の人が遊んでいる時に何が出来るか、寝ている時に何を成すのか。

活きたいなら、頭使ってそれから行動しましょう。

それでは\(^o^)/

 

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