最も収入の低い職人やミュージシャンが不労所得を得る事は果たして悪か?\(^o^)/

      2017/03/14

どもども、文化人が活きる社会を作るhayashiです。

このブログで伝えたいメッセージの「活きる」と言うのは、私の最も拘るポイントで、ただ生物学的に生きているだけでは意味がありません。

正直職人やミュージシャンだけで食って行くのは余程の大手企業・大手事務所に所属するか、誰にも負けない圧倒的な現場経験を活かしてセルフプロデュースして行くか、職人なら店構えたりミュージシャンなら事務所建てたりしないとやっていけないわけです。

もちろんそれが出来れば越したことはないのですが、現実はそうもいきません。サラリーマンしながら週末ミュージシャンか、ミュージシャン希望のフリーターとなるか、昔の私のように年収200万満たない収入に440時間勤務で心身を食いつぶされて行くかです。

そんな私達だからこそ、不労所得について真剣に考えなければなりません。

世間は凄く不労所得について勘違いをしていると思います(特に現在50代60代の、私の親の世代)

真面目にコツコツ頑張れば良い事ある」と口々に言いますが概ねは正解です、何かビジネスをする人でもコツコツ派が伸びるし最後に笑うのです、ですがちゃんと労働に見合った評価がされて対価を得られるという環境での話ですよねそれは。

「少ない給料でも真面目にやってる俺イケメンじゃね?」とか、冗談でも笑えないし、この早い時代の流れでどん詰まりになった時はどうするんでしょう、夢を諦めるか絶望して死ぬしかないですよそんな思考。

だからこそ「真面目に働くとそのうち報われるはず、不労所得は悪だ」とか言う心の障壁を今すぐぶっ壊しておくべきです。

第2第3の手を活きる為に打っておくのです。

 

そもそも文化人が活きるとは?

 

日本の憲法では

 

第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
(引用:http://www.houko.com/00/01/S21/000.HTM)

と定められています。

職人やミュージシャンにとっての健康で文化的な最低限度の生活とは、毎日楽器が触れる事ですか?お菓子が作れる事ですか?

私は家庭を余裕で作れる年収を得てこそだと思います。

日本では1世帯あたり年収540万が平均だそうです

世帯年収・共働き世代年収とはなんなのか?色々な視点から世帯年収について調査しました

年収200万届かず昇給が望めない職人の身としては絶望を隠せないのですが
\(^o^)/

現実です、受け止めましょう。

 

不労所得についての世間の思い違い

仕事らしい仕事をしないでお金がチャリチャリ入ってくるのが不労所得です。
そこに違和感を感じる人はすごく多いです。

告白しますが以前の私もそうでした、真面目に働かずにいかがわしい事をして、そのうち足元を掬われるに違いないと、思ってました。

でもこの感情って、自分も出来るならそんな生活してみたいの裏返しなんですよね。

その辺りはりゅうけんさんが見事に論破してくれています。

不労所得を否定するサラリーマンに言いたい。お前らもっと働けよ。

 

時々、「不労所得なんてけしからん」と言わんばかりの病的な労働讃美家がソーシャルに現れます。働かざるもの食うべからずっていうやつですか。まあ、それはわかるんだけど、多少なりとも不労所得がある身からすると、こっちはお前らの何倍も働いてきたんだぞと言いたい。

あのね、働かないと不労所得なんて得られませんから。彼らは、不労所得って空から落ちてくるものとでも思ってるんですかね。そこらへんのサラリーマンがぼーっと仕事やって飲んで家に帰ってテレビみて寝るだけの生活してる間に、こっちは定時後も睡眠時間削ってビジネスに打ち込んで資産を積み重ねてきたから不労所得持ってるんですよ。

むしろ、たった1つの収入源に満足して、「努力してる風」を装ってるやつの方が食うべからずだから。彼ら、勤めてる会社の業績が悪くなっただけでボーナス減って生活が苦しくなったりするんでしょ。そりゃあ、自業自得だよ。うん。

大して働いてもいない人間が、不労所得のために一生懸命働いてる人間に「働くことの素晴らしさ」を説いているという不思議な構図。

あたかも何もしなくてお金が入るのは悪い事をしているに違いないとか、本人の為にならないとかそんな話じゃなくて、やる事やってるから貰える報酬であって努力を影でやってるだけなんですよね。

その自己矛盾に直面し、どことなく自分のアイデンティティの崩壊を感じるから、自由な生き方というものに過敏に反応するんですよ。「人間とは労働する生き物だ」なんて格言も彼らの口から飛び出してくるけど、そもそも不労所得を獲得しようなんて殊勝なやつは不労所得を獲得しても労働やめないから。だって、彼らは労働を楽しんでるもん。「不労所得を得ること」=「労働をやめること」なんて短絡的な思考、どうやったらできるんだろ。

私の考えている文化人の活きる社会ってのはまさにこれで、音楽も職人も時間を対価にお金を貰う労働なのに社会ではそうはみられてない問題があります。

銀行では与信が無いからクレジットカード作れないとか、特にミュージシャンは無職同然の様に扱われることもあります。

私の掲げるメッセージには言わば文化的な仕事を続ける為の不労所得であって、セミリタイアとか言う人生もう疲れた組とは正反対の生き方を広めようとしているのですよ。


 

雇われるって楽なんですよ。目標って与えられるのが一番楽だから。

やりたいことがみつからないっていう人は多い。でもそれは、やりたいことが見つかるまで自分の人生と真剣に向き合ってこなかっただけです。自分がやりたいことを見つけようと思うと、現実の自分を見つめ直さないといけないのですが、そこで同時に自分の「不可能性」を強く実感してしまうので、苦しくて、すぐ逃げ出そうとしてしまいます。

しかし、彼らは会社から目標を与えられて、人生を有意義に過ごすための「努力できる理由」を得ています。これは、「自分の未来について考えることを捨てる権利」を与えてもらっているということです。だから、会社を辞めるとそれを失ってしまいそうで不安になる。

ところが、人は自分の意思で自分の未来のために選んだものしか能動的に楽しめません。仕事が楽しいだとかやりがいがあるなんて言ってるくせに、日曜日の夕方になったら憂鬱になるのはおかしい。そんな人間に「働くことの素晴らしさ」なんてわからない。僕はITのことを考えてる時も、ブログ書いてる時も楽しいです。楽しいから、時間を忘れていくらでもやっていたい。なぜならそれは自分の意思で選択した、「本当にやりたいこと」だから。

僕がそんな想いでやってる「労働」はサラリーマンからすると、「労働」には見えないのかもしれませんね。

時間を忘れるぐらい楽しい、寝食を惜しむぐらい没頭出来る事を仕事としているのが、私含むミュージシャンや職人の文化人です。

そんな我々が不労所得を得てもなお仕事に熱中するのは果たして悪いことなのでしょうか?

 

文化人は堂々と誇るべき、文化人こそ社会で一番幸せに活きるべきだ。

 

平均年収200万を下回る文化人は対価を犠牲に夢を追いかけさせてもらっている、そんな謙遜を超えた自傷的な考え方はすぐ辞めるのが望ましいとおもいます。

この裕福な日本に置いて、安定を求めるならサラリーマンでよかったじゃ無いですか、例えブラック入社して鬱になったとしても出社さえすれば給料をくれるんです。

それでもその選択をしなかったのは、生きるだけでなくて活きる為です。

それこそが我々の最低限の生活であり、平均年収を超える不労所得は持って然るべきだと、私は誰が何と言おうと主張し続けたいのです。

 

それでは\(^o^)/

 

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